平成23年2月6日(日曜日)

「南 無」


http://www.youtube.com/watch?v=K7s0Ma0DTNA&feature=youtu.be&a


私たちは仏様や祖師を拝む時に「南無阿弥陀仏」とか「南無大師遍照金剛」とお唱えいたします。

 ある方より何故はじめに「南か無い」とつけて仏教を拝むのですかとのおたずねがございました。たしかに考えてみるとおかしなことと思われるのは当然のことであります。

 実は南無と申すのは梵語のナマスの音写語で本来の意味は敬うとか、自らの身命をあずける相手を尊敬することであり、それが中国に入って当て字で南無となったので、この字そのものには意味がありません。経典中にも多くこの言葉は出て参りますが、仏・法・僧の三宝や神仏に自分の身命をあずける「帰命」や心より敬い礼拝致しますということであります。平たく申せば南無と唱えるのは「神仏にすべておまかせいたしますので何卒お守り下さい」ということになると思います。

 仏教では天地・宇宙の働き大自然の働きを仏の姿としてとらえております。その大きな仏菩薩に凡ておまかせすることで諸々の苦が静まり静かな心が生じて来ることになります。

 昔話にある人が高徳の僧に地獄や極楽は何処にあるのかと訪ねたところその僧は南にあるよう答えられたそうです。つまり南の方向にどんどん進んで行くと地球を一回りして自分に帰る即ち皆身、自分に到着するということで自分自身の心の中にこそ地獄も極楽もあるということを申されておるのであります。

 私たちは心をこめて南無の本来の意味をかみしめて日々を過して参りたいものであります。

大本山護国寺貫首 岡本永司