平成23年5月22日(日)

「六
浄」
 

 

六根とは私たちが生まれながらにそなわっている目・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚器官のことを申しております。よく物を持ち上げたり、立ち上がる時に「どっこいしょ」と言いますが、この六根清浄がつまったものといわれております。

私たちは心があり、その心に従って考えたり、行動をしております。外界の様々な事物や現象を観察し、判断し自らの内に受入れております。その諸々の事や物、現象を受止め受入れる器官を仏教では「
」の五感覚器官とそれをまとめて受入れる器官を「意」と申しており、前の五感に対し「意」を第六感と言っております。これ等はそれぞれ外界の事物を取入れる場合の根幹となるので此の六器官を六根と称します。

此の六根の根幹即ち根本が汚れていたり、荒れていたり、こわれていたのでは、事物、現象の凡てを受取り、受入れることが出来ませんことは申すまでもありません。
従って私たちは常に自分にそなわっている六根を正常に保ち、清らかにしておくよう心がけねばならぬということになります。

六根が清浄であれば美しい物が見えたり、きれいな音を聞くことが出来、よい香りを知り、よい味がわかり、事物を正しく判断することが出来るのであります。
高い山に登る人達が昔は「六根清浄」の掛声をかけながら登ったと云われますが、これも危険な場所に行くときは、自らの六根を正常にし冷静な判断をすることで事故防止をするという行為であります。私たちは日常の生活に於いても常に六根清浄を心がけて過して参りたいものであります。

大本山護国寺貫首 岡本永司