「依 怙 贔 屓」(えこひいき)

 よく一般に依怙贔屓などという言葉が使われます。辞典によると一方的にばかりひいきするとあり贔屓は特に気に入って目をかけ、ひきたてるなどとあり人を差別するようなあま­り感心した言葉ではありません。

 しかしこの依怙というのは大事な仏教語であります。依とは「よるべ」「よりどころ」怙とは「たのみとする」「ささえとする」ということで、
­子供が親を心だのみにし、生徒が教師を心のよりどころとするような関係を申しております。

 仏典の中に人生の荒波にもまれてたよるすべのない衆生に対し仏様が私達の依怙にな
­るということが記されております。観音経の中に「観世音浄聖於苦悩死厄能為作依怙」とあるように私達が苦しみ悩んでいる時や、病気や死に直面して不安にさいなまれておる時­、観音様は私達の依怙になって下さることを誓っておられます。

 仏様は人間のように依怙贔屓をなさいませんので、私達は安心して仏様によりそいたのみにすることが出来ます。
­又仏様ばかりではなく高徳の祖師の方々も皆私達の依怙となって下さっております。

 道元禅師は中国の正覚大師慧可禅師を「まことにこれ人天の大依怙なり人天の大導師なり」と
­敬っておられますが、道元禅師も弘法大師、伝教大師等の方々も日本人の大依怙になられました。私達も修行を重ねて出来れば人の依怙になりたいものであります。
大本山護国寺貫首 岡本永司