「荘厳」
 
 

仏前荘厳とか内陣荘厳とかいわれますように、仏様をお祀りするために儀軌(仏の祀り方を記した経典)に従って、仏具・灯明・供花・供物を配置することであります。

荘厳とは辞典には「重々しく威厳があって立派なこと」「みごとで厳かなこと」と記されておりますが、仏具等々で唯外側だけを美しく飾ることではなく、道場を美しく整え飾って、心をこめて拝む事でなくてはなりません。
私達が仏様や先祖を拝むのは、拝む事によって私達自身が仏となり、あるいは先祖が仏になるようにと願って拝むのであります。

仏になるということは、生きている私達にとっては「人格の完成」をめざすことであり、故人にとっては「生命の完成」を意味しております。

では何故仏様をお祀りするのに仏前を厳かに美しく飾るのかと申せば、美しく厳かな「仏・菩薩の生命」即ち仏様の美しい心・大きな働きを私達に具象化し、形として現わすためであります。「三界は唯心の所現」(この世の中の現象は自分の心のあらわれである)といわれるように、私達の日々の生き方は、自分の内側(精神)の反映(現れ)に外ならないといわれております。

仏前の荘厳を通じて、私達はまず我が心を荘厳し、仏(人格の完成)を目指してつとめることによって、大安心(本当の安らぎ)を得られるのであると存じます。
大本山護国寺貫首 岡本永司