私達はよく「これも何かの縁でしょう」とか「不思議なご縁で」とか日常の挨拶などで使います。又、縁談や縁故関係とかくされ縁等もよく聞きます。

この「縁」という言葉は仏教の一番基本になる大切な言葉であり、仏教思想を一言で表現したものと申しても過言ではありません。即ち「この世界にある物事、現象のすべてがさまざまなめぐり合せによって出来ており、又そのようになっているのである」ということであります。

つまり事柄現象がそうなるのにはすべてそうなる原因があったがためであり、その原因を助成する条件のはたらきを縁と申しており、その縁の作用によって凡ての事物、現象はめぐり展開して行くのであるということであります。

例えば春に蒔かれる種は太陽や大地、水そして人の手入れなどが縁として加わり秋の実りとなるという結果があるのであります。これを原因と結果で因果と申します。
人と人との出会いの場合でも不思議な縁の働きによって出会い、友人になったり夫婦になったりいたします。

「縁は異なもの味なもの」とか合縁機縁などと申します。又、「縁なき衆生は度し難し」などと言葉がありますが、これはお釈迦様がインドで仏法を説かれておりましたが、その広いインドの事、ましてテレビも新聞も無い時代ですからいくらお釈迦様が立派な方で各地をまわって説法をされても、お釈迦様に出会うことの出来た人達はごくわずかな人達でありました。
従って人にいくら仏性という種があっても仏法を聞くという縁がなければおさとりの結果は得られないと申しておるのであります。

私達は今幸いに様々な経典や書物や講演説法などで仏法に逢う機会にめぐまれております。心して縁なき衆生にならぬよう心がけて参りたいものであります。
大本山護国寺貫首 岡本永司 


【〜お知らせ〜】
日曜あさ9時は護国寺へどうぞ。本堂で観音経を唱え、その後、御前様のお話が聞けますよ。毎週日曜あさ9時、護国寺本堂へ直接おいでください。申し込み不要、参加費は無料です。護国寺へは東京メトロ有楽町線護国寺駅下車、1番出口をご利用ください。

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